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榎本新吉さんという左官職人が
先日お亡くなりになられた

東京の下町に住む、町場の職人でありながら
左官の世界ではその名を知らぬ人は居ない
といわれたほど、多くの方に影響を与えていた

一線を退いてからは「炉壇師」という
肩書きで炉を塗ったりしていたようだが
「泥団子の神様」だとか「下町の人間国宝」
などと呼ばれ、左官屋のみならず
多くの方から愛されていた

泉が本格的に左官に取り組み始めた頃
榎本さんを知った

あの頃は左官に夢中だったので
当時所員であった私も
実際に土や漆喰でサンプルを塗ったり
実験したり
各地の壁を見にいったり
現場で使うために
トラックを借りて愛知まで土を取りにいったり
挙句の果てには、材料の生石灰に水を加えて
沸騰した中に一升瓶を放り込んで
現場で酒盛りなんかしたりして・・・
とても設計事務所の仕事とは思えないようなことを
よくやらされていた(笑)

そんな私たちを面白く思ったのか
榎本さんはよく事務所に遊びに来た

チャキチャキの江戸っ子で
せっかちな榎本さんは
チャイムも鳴らさず事務所に入ってくるなり
新しく作ったサンプルを見せて
「どう思う」とか「何だかわかるか?」
と、我々を試すように聞くのだった

榎本さんのセンスと技術のすごさは
何となくわかるのだが
左官屋でない私には
理解するには限界があり
自分が左官屋なら
この人からもっと学べることがあるはずだと
いつも歯痒く思っていた

しかしある時
榎本さんの現場での水の使い方を見ていて
非常に衝撃を受けた事がある

バケツ一杯の水を
塗った壁のまわり(ちりまわりと言う)を掃除して
その水で道具を洗い
さらには舟(材料を練る入れ物)を洗い
綺麗な水が必要なものから汚れがひどいものへと
順番に使ってゆき
バケツ一杯の水を全く捨てないのだ
さらには
最後に残った水を
材料を練るのに使っていたこともあった

ご存じのとおり左官は水を使う
今の職人は道具や舟に
ホースで水をジャージャーかけて
残った砂や泥と一緒に洗い流す

榎本さんの水の扱いを見ていると
まるで茶道のお手前のように見える

美しい、無駄がない、理にかなっている・・・

あの時のことは忘れることができない

榎本さんは左官屋でもない私に
左官のサンプルや
左官用の刷毛や
砂の粒を見たりするのに使う
ルーペなどをよくくれた

遺影は
タオルを頭に巻いて
くわえ煙草で厳しい目をしているものだった
たった今塗り終えた壁を
見ているような
まさに職人の凛とした姿であった