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この前この写真集を買いました。

とてもかわいい未来ちゃんという女の子の写真集です。
かわいい〜☆♪*だけじゃなく、おもしろい…

(←)そんな険しい顔して食べなくても…

3才くらいかなと思います、この未来ちゃん

天真爛漫な顔と、ドキッとするような大人っぽい顔をお持ちでいらっしゃいます。

最近よくテレビに出ている芦田マナちゃんみたいな「完璧な子供」もかわいくて好きですが、
野生的、個性的な未来ちゃんはかわいい以上に、たのもしい!
食べて、遊んで、笑って、泣いて、それだけ!たまにおしとやか。

しかも未来ちゃんは佐渡に住んでいます。

未来ちゃんの一年を通じての写真集。
佐渡の四季と生活、未来ちゃんの成長も感じられて、無音の映像を見ているようです。

本日もとても心地良い天気...

最近、なんだか忙しく、会社でも、家に帰っても少々詰まり気味...

そんな中、いつもの通勤の道中に学校の桜がとても綺麗で何気に癒される毎日であったが...

しかし、今朝もう既に桜が散り始めているではないか!

したがって、少々気持ちもDOWN↓...

明日はもっと散っているのだろう...

でも、数日でも私の心を癒してくれた桜には感謝である...

ところで...

これから(5)上棟を迎えるお宅はまさに桜並木の前の立地環境...

施主様同様私も大変完成が待ち遠しい...

当然、この度の桜の季節は間に合わないので、桜の景観は来年の愉しみに...

でも、住まいからそういう景観が望めるのは、うらやましい限りである...

私の現在の住まいは、庭もなく、見えるのはお隣の塀ばかり...

たまに、近所の猫が塀の上からご挨拶...

となると、家の猫たち(2)が騒ぎ出す...

窓越しでの睨み合いとウナリ声の合唱...

家の猫は本当は弱いくせに、まさに、内弁慶で、誰に似たのやら...

そんな、我が家の猫のちびちゃんがここのところ、体調が悪く、現在入院中...

明日の血液検査次第ではあるが、無事に帰ってきてくれることを望む...

普段は、トイレ掃除やらと、面倒と思ったりすることも多々あるが、いざ、居ないとなると、なんだか、寂しく、今まで怒ったりしたことを反省したりと...

帰ってきたら、優しくしてあげようと思う...

とにかく、無事に帰ってきて欲しいと願う...

 

風景をとり込む・・・2階バルコニーを設けて

 

隣接する遊歩道にある欅並木を住まいの

 

空間へととり込む・・・お客様の当初からのご希望を

 

形にしたお住まいです。

 

また敷地内には5年先10年先に樹木に囲まれ風景

 

を構成する佇まいにと竣工後に植栽もご計画されて

 

います。

 

5年後10年後を考える・・・時間を経て移り行く空間と風景になじむ家・・・趣の増す家

 

大変大切な事です。

 

こちらの現場で柱に見つけた心温まる絵、他に2.3個

 

所ある。

 

お子様達が描いてくれたもので・・・なんだか塞がれて

 

しまうのがとても惜しまれるが・・・

 

とても良い記念になるのではと・・・

 

これから、また一つ現場向かう楽しみが増えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、友人の子供からお花のプレゼントが。

リボンの曲がり具合が、子供らしくて気に入っています。

春休みにたくさん遊んでもらったお礼なんだそうです。

私より30歳も年下なのに、趣味や好きな物がとても似ているので、気づくといつも二人だけで盛り上がってしまいます。

よく駄菓子屋さんにいって、カードを引くのですが、友人の子供も、私も真剣に集めてますから、すでに持っているカードが出たときは交換したり、時には「悪いけどこれは譲れない。」とお互い譲らなかったり。

でも、こんなにかわいいお花をもらったから、1回位はいいカードが出たら譲らなきゃかな~(-_-;)。

今年も桜の季節がやってきました

桜の美しさは例年どおりですが、違うのは花見客の少なさでしょうか・・・

過剰な自粛はやめようと思うものの

先の見えない問題が常に気がかり・・・

という状態が続いています

 

原発の事故ではいろいろなことを知る機会を得ました

知れば知るほど、正しいことを知り、選択する難しさを感じます

政治、研究、情報、経済、技術・・・

私たちのまわりの物事は、重要で影響力が大きいものほど

正しいか正しくないかより、いろいろな思惑に左右されるのです

自分で判断することの難しさを痛感します

 

判断する材料の一つとして

最近では、放射線の基準値をよく耳にします

マイクロシーベルトとかベクレルとか・・・

どのようにして決めるのかは、わかりませんが

学者や研究者がさまざまな事例や考えから導き出した結論が

ひとつひとつの数値に集約されていると考えます

決定する過程でいろいろな意見があるでしょうから

その数値には異論を唱える人もいるでしょう

しかし公に決めた数字は尊重するのが当然と考えます

そのための基準値なのですから

 

「基準値を若干超えた・・・」

「あくまで基準値であって、安全側にみているので、それを超えても問題ない

「基準値はそうだが、レントゲンを一回すると・・・」

 

数値をあいまいな表現にしたり・・・

基準値自体を無視したり・・・

全く別の事例を引き合いに出して誤魔化したり・・・

あまりにもいい加減な人間が多く

テレビでしゃべっているのを見ると

腹がたつのを通り越して、呆れてしまいます

 

話は変わりますが

建築基準法の中にも数字がよく出てきます

たとえば、地震や台風に対しての強度を確保するために

耐力壁という補強した壁を、算出した量以上設けるのですが

コストの関係で、最低限の量だけ入れる工務店も多いようです

もちろん、数値をクリアしていれば何の問題もありません(法的には)

 

でも、人間のすることですから

後で計算の間違いが発覚したり

木材という自然の材料ですから

完成数年後に補強する材料が乾燥収縮して(5ミリほど)

所定の強度が確保できていないと訴えられたり

といった話を耳にします

 

何故そんなトラブルになるのか、不思議に思います

算出した数値よりも多めに補強しておけばよいだけのハナシです

 

数値は絶対ではありません

しかし尊重し、守るべきです

さらに安全側にのみ解釈してもよいと考えます

勝手に危険側に解釈したり

もともと余裕をみた数値だから大丈夫などという発言は

言語道断です

 

「100,000年後の安全」という

フィンランドで建設中の放射性廃棄物の永久処分場建設の映画が評判です

固い岩を削って作られる地下400mの都市のようなその巨大システムは

10万年間保持されるように設計されているそうです

一説によるとそれ以前に地球は氷河期になるそうです

大部分の人類が淘汰されて

10万年後には新しい文明が存在しているかもしれません

そこに埋設物があると知ったら彼らはどうするでしょうか

遺跡や古代の宝だと思い

一生懸命発掘するかも知れません

言語も知能も全く違うかもしれない彼らに

どうやって危険性を知らせるのかが問題だそうです

 

10万年持つ設計というのも???ですが

(人工の構造物は駄目になるので、地殻変動のない岩盤に埋めるということだと思います)

未来の人々に伝える術・・・

という発想はすごいですね

前回、人間のスケールを超えた時間など、私にはイメージできないと言いましたが

イメージしようと努力する人はいるようです

 

逆を言えば

それが可能な人にのみ、使うことを許されるモノ

ということになるのでしょうか