本日は「五十嵐二の町の家 暮らしの見学会」を開催させていただきました。
ご多用のところ、この度の開催をご快諾いただきましたオーナー様には、スタッフ一同、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
お引渡しからもうすぐ1年半になるお住まいですが、オーナー様が集められた全国各地の工芸品や古道具、食器などの暮らしの道具が素敵に飾られているのがとても印象的でした。
オーナー様からは季節毎の暮らし方やお庭づくりの様子、冷暖房の効き具合、お子様が障子を破ってしまった思い出に残るエピソードなどをご紹介いただきました。
参加者の皆さまには家づくりに対してより具体的なイメージをお持ちいただけたのではないかと思います。本当に素敵にお暮しになられていて、大変嬉しく思いました。

私は季刊誌『チルチンびと』のタグライン「住まいは、生き方」という言葉が好きなのですが、住宅設計の仕事を長年続けてきて思うのは、これこそ「真」であるということです。
生き方があらわれた住まいこそ、私は「良い家」だと思っています。
例えば――――旅行先で買い求めたお皿や民芸品を飾ったりすると素敵ですよね。写真が好きな人は撮影した写真を額に入れて壁に飾るのも良いです。音楽が好きな人の住まいは、部屋の壁にギターが掛けられていて、CDやレコードが置かれてる。植物が好きな人は観葉植物が窓辺に並べられて、おしゃれな道具が置かれている。本が好きな人の住まいには本棚がたくさんあって、多種多様な本がぎっしり入っていて、それを読むための場所もしっかりつくられている。
つまり、その空間を一目みただけで、住まい手のパーソナリティーやキャラクターが分かる住まいが良いと思うのです。ホテルライクで何もない、ただ単にラグジュアリーな住まいよりも、小さくても住まい手の個性や生き方が随所に垣間見える住まいの方が、豊かで良いと思うのです。
「住宅をつくる」ということは「理想とする暮らしや人生」を実現したいという「自己実現」なのです。だからこそ、生き方があらわれた住まいでの暮らしは、家を建てたあとの人生をより豊かなものにしてくれます。
建築家 ル・コルビジェは1923年に彼の著書の中で「住宅は、住むための機械である」と言っています。建築系の学校でも最初に習う、とても有名な言葉です。住宅には機能性や合理性がなくてなならない、という意味の言葉です(もちろん私たちノモトホームズの設計チームも常に「機能性」や「合理性」を考えながら設計を行っています)。
一方でル・コルビジェは「住宅は機械」と言いつつも「住宅は生活の宝石箱であるべきだ」とも言っています。様々なニュアンスに捉えられるこの言葉ですが、住宅は人生をより豊かにするための機械でありつつ、毎日の暮らし(=キラキラと輝く宝石)を大切にしまうための箱でもある。そう私は思っています。
話は変わりますが、昨今の中東情勢悪化によるナフサショックによる影響は、連日大きなニュースとなっています。実際、資材の高騰や品薄による影響が出ていることは確かです。これから家づくりをお考えの方の中にも、ご不安に思われている方はたくさんいらっしゃるかと思います。
ただ、今回の事で決してうつむく事もなく、自己実現をあきらめる必要もないと思っています。
いつの時代も、コストアップや金利上昇といった壁は存在してきましたし(金利なんて、私の親が家を建てた頃は4~8%ですよ?!)、コロナやウッドショックといった世界規模の危機的状況も乗り越えてきました。
大変な時代ですが、家づくりを通して、1人でも多くの建主さまの人生をより豊かなものにするお手伝いができればと思い、設計を続けています。